バナナフィッシュにうってつけの日

徒然なるままに。虚弱体質の社会人がなんとか生きている記録。

私の感覚の中で「水のような文章」というものがあって、ポール・オースターが最近まさにその感覚で心を満たしてくれる。

 

久しぶりにサリンジャーを読み直してみようと思って、本棚を探したけれど見当たらず(誰かに貸したまま返ってきていないのだろうと思う)、書店でサリンジャーを探していたら、新潮文庫の棚、上の方にポール・オースターのコーナーがあった。

こんなに近くにいたのね、とその時思った。

 

色んな理由があるが、私は「月」がとても好きである。

太陽の光の反射でしかないという光の冷たさ、寂しさみたいなものも好きだし、理由を挙げればキリはないのだけど、とにかく月が大好きなのである。

そんな私が『ムーン・パレス』というタイトルに惹かれない訳もなく、またその本は最近おすすめしてもらったものだったから、特に、月並みな表現ではあるけれど、運命みたいなものを感じた。

 

 

学生の頃、日本文学かぶれだった所為か最近は海外文学に惹かれる。未だに読みにくいと感じるジャンルもあるけれど、たまにこうして出会う。するすると体に違和感なく入ってくる言葉。

 

ポール・オースターが「水のよう」ならば、私の感覚で言えばサリンジャーは「石膏」で、精密に刃が刻まれていく感じがする。硬質でひやりとしている。

カート・ヴォネガットは「砂丘」。埃っぽくて、前が見えない。でもカラっとしている。

 

最近では本に触れる時間もとても短くなった。物語は読まなくては、と思って読むものではないし、心が向いた時に読もうとは思うのだけど、日々の忙しなさがどうしても先に立つ。

 

そんな中でも、読みたい、と思える本。

時間を作って毎日一行だけでも読み進めたいと思う物語。

 サリンジャーの上に輝いていた月。

 

 満月の日に手に取ったのも、なんだか不思議な話。